ウン・ヒギョン×平野啓一郎 座談会

Pocket
このエントリーをはてなブックマークに追加


『いったいBUNGAKU(文学)のどこがおもしろいの? ~今夜わたしがお答えします~』

○ 日時: 2014年11月23日
○ 場所:東京・代官山 蔦屋書店

 

 

 

 

 

 

 

日韓を代表する作家ウン・ヒギョンさんと平野啓一郎さんは10年来のお知り合いで、お互いの作品にほれ込んでいるファン同士。ユーモアを交えながら、約1時間20分にわたって文学の魅力をたっぷり話してくださいました。

平野さんは黒のジャケット姿、ウン・ヒギョンさんは赤いニットにグレーのミニスカートで登場。そして、お二人の手には何とモヒートのグラスが。ちょっとお酒が入った方がおもしろいお話が聞けるのではないかということで、モヒート片手にトークをしていただくことになったと、司会で翻訳家の吉川凪さんが説明してくれました。

 

お互いがお互いのファン

まずは、ウン・ヒギョンさんが平野さんの大ファンだというお話からスタート。平野さんといえば、京都大学在学中の1999年に『日蝕』で芥川賞を受賞し、小説家デビューされたことで有名ですが、『日蝕』は韓国でも翻訳され、大変人気があるそうです。

ウン・ヒギョンさんは「平野さんの作品には人を引き付けて、のみ込んでしまうような魅力があります。『日蝕』を読んでその文章力と構成力に圧倒的なものを感じて、一気にファンになってしまいました」と大絶賛。2013年秋に韓国・パジュで開かれたブックフェスティバルで、韓国の作家、キム・ヨンスさんと平野さんが対談したときには、ファンの一人として駆けつけたそうです。

そんなウン・ヒギョンさんに対して平野さんは「初めてお話をしたときは、まだ作品を読んでいませんでしたが、しゃべっていてとても楽しかった。しばらくして短編の日本語訳を読ませてもらって、思っていたとおりの作家だと思ったのですが、最近、この短編集『美しさが僕をさげすむ』を読んで思っていた以上の作家だとわかり、自信喪失気味になるほど感動しました」とのこと。その理由について「人生をよく知っている作家だと感じました。ユーモアがあって、ペーソスがあって、決して単純ではないけれども、それぞれの人生を生きている人を細やかに描いている。一人の読者として楽しく読みましたし、小説家としてまねできるところもあると思いました」と感想を述べました。

とてもよく似た二人の世界観

続いて、平野さんに、『美しさが僕をさげすむ』の感想をもう少し詳しくうかがいました。最初に収録されている「疑いのススメ」には、自身の最新作『透明な迷宮』と同じく双子が登場していて、問題意識がとても近いことに驚いたそうです。「『疑いのススメ』では、人間は偶然の中で生きているけれども、偶然と思っていることはすべてはある必然性のもとに起きているということが主題になっています。僕も実は同じようなイメージで『透明な迷宮』という言葉を考えつきました。つまり、人は自由に生きているように思っているけれども、目に見えない迷宮の壁に沿って歩かされていて、でもその壁は透明だから僕たちには見えない。そんなことを考えながら書いたのがこの小説です」と平野さん。双子がその世界を表現するのにぴったりだと思って登場させたところ、ウン・ヒギョンさんが先に思いついて書いていて、驚きながらも大変共感したそうです。

これについて、「実は私も驚いたことがあります」とウン・ヒギョンさんが応じました。「私の処女作ですが、私は私を二つに分ける、つまり、私を客観的に見ている私と、行動する私がいて、たとえ傷ついても、私を見ている私が傷ついたのであれば、行動する(本当の)私が受ける傷は浅くてすむ――そんな風に私を分離する話を書きました。平野さんの『透明な迷宮』にも描かれている『分人主義』(※)について書かれた本を読んだとき、最初から平野さんの作品に引かれたのは、私とよく似た世界観を持っている人だったからなんだと納得しました」と話しました。

※たった一つの「本当の自分」は存在せず、対人関係ごとに見せる複数の顔はすべて「本当の自分」であるという、平野啓一郎さんが著書『私とは何か「個人」から「分人」へ』などで説いている概念。

枠にはまった人生、はまらない人生

1995年に30代半ばで小説家としてデビューしたウン・ヒギョンさんですが、デビューに至った経緯を伺いました。「子どものころから本を読むのが好きで、作文を書くことが得意でした。周囲の大人たちから作家になれと言われて、自分でも早くから将来の夢を定めていたにもかかわらず、デビューしたのは35歳になってからでした。なぜそんなに遅くなったかというと、それまでの私は両親の期待を裏切ることなく、大学進学、就職、結婚と、目の前の与えられた宿題を一つひとつこなすように生きてきて、世の中に問いかける内容を持たない人間だったから。つまり、枠の中にはまった人生を生きていたのです。それがあるとき、『これは本当に私の人生なのか』という疑問が湧いてきた。私が小説で表現しようとしている世界観の出発点は、与えられたその枠を拒否することであり、その枠から抜け出そうとすることが小説を書く動機になりました」とウン・ヒギョンさん。

さらに、「すべての人間が定められた枠から出て自分自身の人生を生きられるわけではなく、(平野さんの話にもあったように)どこか統制されて生きています。文学というのは、そういう人たちに枠の外で生きる本当の自分自身を探させてくれるものであって、私の小説も、与えられた枠から飛び出すことに気づいてもらうことを意図して書かれています。枠から飛び出したときに、予想できなかった世界に到達できて、それが真実だとわかったとき、文学はおもしろくなる。自分が枠にはまっていたんだと気づいたときに解放感を得られるのが文学のおもしろいところだと思います」と、この日のテーマに対する一つ目の答えを熱く語ってくれました。

一方、平野さんは、ウン・ヒギョンさんとは反対に、「あえて枠にはまった人間として社会に適応して生きていこう」と決心して、京都大学に進んだそうです。「何気ない顔をして学校に行きながら、こっそり家では三島由紀夫の作品を読んでうっとりしている自分がいる。つまり、社会に対する違和感を覚えながら、家で本を読んで思想的なことに感動するという『二重生活』が不健康だと思ったんですね。当時読んでいたトーマス・マンの影響もありますが、人の役に立つということは、社会に出てバリバリ働くということなのではないかと。それで、文学を読むのもやめようと思って、本を1冊も持たずに京都に行きました。ところが、いざ入学してみると、そこには枠にはまっている人なんてだれもいなかった。だれも授業に出てこないし、僕もだんだん大学から足が遠のきました」(平野さん)

あまりにも暇だったので小説を書き始めたそうですが、「僕の場合、作家になろうと思い定めて一直線に行ったというより、自分の人生は文学の世界にあるんだろうか、一般の世界にあるんだろうかと揺れていて、その感じはウン・ヒギョンさんが35歳までの間に考えていたことと同じだと思います」と当時の気持ちを語ってくれました。

作品に影響を与えた読書体験

トークに続いて質疑応答の時間が設けられ、お二人の読書体験について質問がありました。

ウン・ヒギョンさんは子どものころ、両親が世界文学全集50巻セットを買ってくれて、おもしろそうなものから順番に全部読んだそうです。そのあと買ってもらった青少年向けの名作全集も読破しましたが、優等生らしく当然読むべきものとして読んでいただけで、特に好きな作家とかジャンルはなかったそうです。

「初めて好きな小説家ができたのは30歳を過ぎてから。ミラン・クンデラを初めて読んだときに、私もこんな風に小説を書きたいと思い、そこから私の読書嗜好が固まっていったように思います。ほかにもトーマス・マンやドストエフスキーが好きで、何か問いを投げかけてくれる作家から大きな影響を受けました。私自身、人生をまじめに生きている方だと思っていますが、どうしてもうまくいかないことがあったり、問題にぶち当たることがあります。そうすると当然のことながら『なぜ』という疑問が生じて、そこから小説が生まれる。小説というのは読み手に答えを与えるものではなく、問いを投げかけるのものであるべきだと思っています」と、この日のテーマに対する二つ目の答えを教えてくれました。

一方、平野さんは「文学に興味を持つようになったのは中学生になってからで、冒険ものとかではなく、生きるか死ぬかで主人公が思いつめて苦しんでいるような作品が好きでした。暗ければ暗いほど、悲劇的であれば悲劇的であるほどよくて、心慰められていました。ハッピーエンドだと僕だけが置いて行かれる気がして・・・」と繊細な少年時代を思わせる回答をしてくださいました。

文学作品で最初に読んだのが三島由紀夫の『金閣寺』だそうで、ドストエフスキーなども好んで読んだとか。「ウン・ヒギョンさんが挙げていたミラン・クンデラは大学生になってから『存在の耐えられない軽さ』を読みました。最近また読み返しましたけど、やはりいい作品。ほかにも『冗談』とか初期の何作かは好きですね」といい、ちなみにショパンの生涯を描いた自著『葬送』は小学生のころに読んだ伝記物の影響かもしれないと教えてくれました。

最後に、ウン・ヒギョンさんが「物語自体のおもしろさもあるけれど、文学のおもしろさは何かを発見することにあるのではないでしょうか。自分が知っていた世界を知らなかった視点から見せてくれる、それを見つけることが文学のおもしろさだと思います」と文学のおもしろさをあらためて紹介してくれました。

続いて、平野さんが「文学は音楽とは違って、作ってすぐに国境を越えられるものではないけれど、その分読めたときの感動が大きい。今日はこうしてウン・ヒギョンさんと対談できてとても楽しかったです」と締めくくってくれました。

(写真-井上美知子 文-清水知佐子)